2018年4月2日月曜日

 小体なステーションのおんぼろ船から降り立った人々は、目の前に広がる黄金郷に歓声を上げた。
 アダムアイル=ヴェルトールきっての保養惑星、志摩である。
 テラが滅びて丁度一万年、合理性の名のもとに排斥された自然を保つのは、志摩を含めても片手の指で足りるほどだ。

 観光客は我先にと、搭乗橋の下に浮かぶ仮想パネルで手続きを済ませる。船の周辺では、パイピングの制服に帽子を目深に被った船員たちが忙しく働き回っていた。
 記章をつけた者たちは乗客の行く手に並び、一人が仮想デバイスの拡声器に向けてこんな口上を述べる。
『この度はピギーバッグペイロード船シマ・ハシリガネにご乗船頂き有難うございました。ヤマト神道の惑星、志摩での観光をお楽しみください。宇宙での長旅お疲れ様でした』
「ありがとう、志摩宙軍のおにいちゃんたち!」
 乗客の子供らが小さな腕を千切れんばかりに手を振った。記章つきの二人の青年が、それらへ笑顔で手を振り返す。

 このツギハギだらけの冗談みたいな古い宇宙船は、嘘のような話だが志摩宙軍の旗艦である。
 ピギーバッグペイロード船でありながら旗艦、旗艦でありながら貨物を載せて格安ツアーも行い、しかもその船員は全て志摩宙軍の兵隊というのだから変わっている。
 志摩はヤマト星系の古い伝統を守る惑星であり、滅びたテラさながらの風景を保つ、有数の人工惑星で、観光客も絶えない。従って志摩と中皇星をつなぐシーレーンは海賊の温床となりやすい。
 普通は哨戒船や護衛艦を出すものだが、志摩宙軍は観光客を乗せて守る方針をとった。特産果物のパッケージや高級ライスブランド『シマオトメ』の輸送で外貨は稼げるし、治安も維持できるし、観光客を増やせる。
 おまけに海賊相手の実戦経験まで積めるので惑星宙軍にとってはこの上なく美味しい商売なのだ。

 宙軍に手を振った子供たちは、今は透過材質の壁の向こうに広がる稲穂と朱塗りの建物に齧りついている。今まで見たことのない光景なのだろう。
「本当によくして頂いてありがとうございました。子供たちの遊び相手にもなって頂いて……」
「いやいや、うちも子供が多いので」
 記章の青年が桃花紋の制帽を押し上げるときに見える、目尻にさした朱色の化粧が色っぽい。
 青年がその目を、荷物を抱えて走り回る船員らに流すと、ぴょっと驚いた者たちが小動物のように飛び上がり、帽子から目元が覗く。彼らにも、青年と同じく朱色のアイラインがあった。

 観光客の母親は、そんな小さな船員たちを不安そうに見つめた。
「ずいぶん幼いように見えるのですけど―――うちの子と同じくらいか、少し年上程度に。あの子らも兵隊なのですか。それとも見習い?」
「見習いであり、現役でもあります。全体で言えば少数なのですが、フォローしやすいのと訓練になるのでよくハシリガネに乗せるんですよ。あれらは、志摩の当主が実験施設から引き取った子供なので」
「実験施設?」
 目を丸くしたアヴァロン星系からやってきた金髪の女性に、青年は苦笑した。
「決して珍しい話ではありません。ウィッカーが生まれやすい星系には……」
「志摩はヤマトで唯一のウィッカー誕生地ですものね」
「何にせよ、今はこうして我ら宙軍が目を光らせておりますし、シヴァロマ皇子が皇軍警察におわす以上、悪人どもも悪さは出来ますまい」
「ほんと」
 思わず女性が吹き出す。
 アダムアイル皇族のシヴァロマは皇軍警察を任されるニヴルヘイムに外戚を持つ皇子だ。その神話に出てくるかのような冴え冴えした美貌はアダムアイルにおいて珍しくもないが、冷血、冷徹、冷淡に偏執的な絶対正義と重度の潔癖症で三三七拍子揃った断罪の使徒である。
 あの皇子が皇軍警察でとぐろを巻くようになってから、宇宙での犯罪率は異様に低下した。執念も凄いが手腕も凄い、シヴァロマ皇子は皇位争いよりも犯罪撲滅で忙しいと専らの噂だ。

「ところで、将校さんはシマ姓の……?」
「志摩にはシマ姓の人間はごまんといますよ。自分はタカラ・シマ」
「自分はクラミツ・シマでござい」
 隣で黙っていた、もうひとりの記章の青年が名乗る。この青年、伝説のヨシツネかアマクサの再来かというほど繊細なヤマト系の美青年なのだが、声が……伝説の傭兵だった。低い。見た目の繊細さと裏腹に、あまりに声が渋すぎる。
 船内放送で聞こえる声と当人の落差に初見の乗客が二度見するのは日常茶飯事だ。

 と、少年兵の一人が「若様!」と叫んだ。
「若様ー、当主さまがお呼びです」
「はいあぃ」
 呼ばれて二人のシマのうち、タカラ・シマのほうが帽子の鍔を下げて去った。
 それを見送る、観光客女性とクラミツ・シマ。
「……若様?」
「へぇ」
「軍の一番偉い人かと……」
「あれは軍主ですから、一番偉い人で間違いないですよ。指揮官は自分ですが」
「志摩で若さまって、あのかたヤマトの王子様ですよね!? ヤマト文化財の!!」
 ヤマト王族にはヤマト星だとか、ヤマト家というのはない。ヤマト星系にある出雲、讃岐、薩摩、志摩の四家がヤマト王族に該当する。
「ヤマトの王子は珍しくないですよ。自分も王子なので」
「そ……そうなんですか、あなたも」
「ま、俺は末席の華族ですがね。あれは確かに次の志摩当主です」
「身分の高い方でしたわよね!?」
「はい、あぃ」
 女性の驚愕と恐怖と興奮も、クラミツにも分からなくはない。
 いくら王族が意外と多いとは言えど、総人口と比較すれば、少ないと言える。というかあれは志摩の跡取り息子だ。惑星まるまる一つ所有する家の、ヤマト王族だ。木っ端華族の次男坊クラミツとは違い、それこそ次期ヤマト王でもおかしくはない。
 それが志摩宙軍と一緒になって貨物を運び、観光客の面倒を見て、時には海賊退治に飛び出し、少年兵や観光客の子供と嬉しそうに遊びまわっていたのだ。

「いや、まあ、うちの当主一家は、全員、ああいう感じなので……」

 これで驚いていては身が持たない。
 そう告げると、女性は子供たちが熱心に見つめる黄金郷へ、何とも言えない眼差しを向けた。





 志摩のステーションから目抜き通りを抜けると、すぐ志摩の邸に着く。
 巨大な朱塗りの木造建築は体の良い観光スポットとなっており、もちろん当主一家の住まいなので一般公開はしていないが……周囲には仮想デバイスで記録を撮る客がたむろしていた。
「あぃ、ごめんなさいよ。はい、あぃ」
 正門で邸を仰ぐコンロン人の脇を抜け、鳥居の並ぶ石段を登る。

 テラが滅びて一万年、一時は欧州文化に押されて消えかかったヤマト文化を頑なに守ってきたが、これらの様式が意味するところは失われている。コンロンの文化にも似ているが、双方ルーツは定かでない。
 テラが滅びる際、人々は方舟のごとく適当に宇宙船に詰め込まれ、文献の類はデジタルデータに至るまでほぼ失われてしまった。あの鳥居も原型とはかけ離れたシルエットなのだろう。
 木造五重の邸にしても、畳なる独特のカーペットは茶室にのみ使用されている。い草の原料である稲作の盛んな志摩だが、畳床の技術自体は衰退し、職人は絶滅危惧種。現代では殆どの物品を3Dプリンターで生成するため、プリンターの材料費を考えれば畳のように複雑な構造で、しかもたかだか十年程度で張替えが必要な消耗品を趣のためだけに採用出来ない。
 従って邸内は鏡面仕上げの木床であり、内装も『ヤマト風』であって本物のヤマト文化とは違う。どれほど伝統を守っても、環境の変化には適わない。観光客の子供たちが、観葉植物しか見たことがないのと同じように。

 この志摩神宮は志摩当主家の住居であり、同時に中央行政機関でもあった。そのための官僚が二層、三層で働いており、その世話をする使用人も行き来している。
 彼らがタカラに軽い会釈はしても泣きついて来ないということは、当主の呼び出しも大した理由ではないらしい―――あの親父が何かしでかすと、大抵『法に抵触するか』もしくは『全く法にないこと』の二択しかない。

 四層から降りてきた老爺が垂れた白い眉を上げ、深く会釈した。
「おかえりなさいませ、若」
「おぉ……」
「あにさまぁ」
 爺やの背後から降りてきた朱袴に桃花柄の着物を羽織った少女が、無邪気に段上から腕を広げて飛んだ。
「ひぃ」
 十五歳になる娘が二、三メートル先からアイキャンダイブ。いくら宙軍で兵たちと共に鍛えたタカラ・シマでも、思わず悲鳴を上げる。何とか少女を受け止め、膝で衝撃を吸収し腰をひねって少女を軟着陸させた。
「な、な、な……ななせ」
「おかえりなさいまし、あにさま。父様が呼んでいましたよ。三日くらい前から」
 あの飽き性の当主が三日もタカラを捜していたとは、明日は隕石でも降るのだろうか。
「で、親父どのは何処に?」
「天守でお酒を呑んでいましたよ。父様ったら、ぜんぜん働かないんだから」
 桃のごとき可憐な頬をぷすっと膨らませるナナセハナ。しかし、仕事をしないというよりは、仕事させてもらえないのほうが正しいような。
「何の用かは聞いたか?」
「いいえ。でもあにさまの緊急ポートに連絡しなかったのでしょう? ならきっと一大事ではないです」
 そうであると、良いのだが。
 ともかく、タカラ・シマは妹と共に五層まで上がった。
 そこには確かに昼間から働きもせず、酒をのみのみ天守から城下を見下ろす駄目当主がいる。溜息ついて、その背に迫った。
「おい、帰ったぞ親父どの」
「んぉ」
 情けない声を上げ、当主は酩酊した赤ら顔をのけぞらせた。相手が息子と知るや、志摩当主カサヌイ・シマは髷を揺らして立ち上がる。
「捜してたんだぞ、タカラ! テメー、また軍服なんぞ来やがって、どこを遊び歩いてやがった」
「………」
 酒臭い息を間近から噴射され、タカラはうっそり微笑んだ。
「おめえ様がこしらえた借金の為に外貨稼いできたんですが何か問題でもございましたか親父どの」
「あっは、俺は孝行息子を持ったなぁ」
 まるで自分の手柄のように言うカサヌイにタカラは舌打ちした。

 この親父ときたら、まったく碌でもない当主なのだ。

 タカラとナナセハナは、幼少期の殆どを宇宙船ハシリガネで育っている。
 カサヌイは子供たちに広い宇宙を見せたいと言って、商いをしながらヴェルトール中を旅して回った。
 流石に志摩神道の修練はカサヌイ直伝だったものの|(流石にこれを怠っては志摩当主である存在意義が皆無)、タカラは自分たちをよくある宇宙キャラバンの一家だと本気で信じていた。
 カサヌイも偶には我が子を連れて志摩の邸へ帰ったが、志摩邸宅は説明されねば豪華な温泉旅館にしか見えない。使用人たちが至れりつくせり世話を焼いてくれるし、一般にも解放している巨大な露天風呂がある。公衆浴場みたいな場所を、自宅の風呂とは考えないだろう。ふつう。
 当主がそのように放蕩していても誰も困ることはなかった。むしろ志摩住民にとって、この父親はいないほうが有難い存在。いれば大問題を引き起こす。その問題は、長い目で見れば志摩に利益をもたらすのだが、親父殿は思いつきでことを起こすので、計画性はなく予算を考えない。

 カサヌイ・シマはせがれが十歳になるころ、急に志摩へ降り立ち、
「俺が思うに、外に物資を頼るのが悪いと思うんだよな。人間、飯と酒とエネルギーがあれば生きてける、自給自足で行こうぜ。せっかく景観のために人工太陽あるんだからさあ」
 などとのたまった。

 こんな男でも志摩当主。彼の一言で観光と祭事だけが収入源だった志摩は、突如としてエコなロハス志向に転向した。
 食料や物資、エネルギーの殆どを外部や工業惑星に頼っていたというのに、第一次産業革命勃発、農民優遇、害虫爆誕、エネルギー問題などが次々と引き起こされた。
 その上いかにも父親面で、
「俺の息子もそろそろ大きくなったし、一人前として扱ってやりたい。志摩宙軍をタカラに任せる」
 当主不在でガタガタになっていた宙軍を、幼い息子に丸投げする。
(この親父は商人の分際で何とち狂ったことを偉そうに言ってんだ?)
 キピガイを見る目で父親を睨んだのを覚えている。
 トンデモ当主に泣かされていた人々は面構えのよいタカラに感激し、あれよあれよという間に着飾らせた。
 その間、ナナセハナは巫女たちに囲まれてお菓子をふるまわれ、ほんわかふんわか状態。

 慣れない金雀友禅の着物に『着られて』ポカンとする若干齢十歳のタカラ・シマ。そこへ入れ替わり立ち代り官僚や軍人が現れ、
「どうすればいいんですか。どうしたらいいんですか」
 恥も外聞もなく、泣きつく。
 一度は民主制の道を選んだ人類が、再び世襲制に戻ったのは何も懐古主義のためでなく、自治権を確立させるためだった。官僚たちの権限はたかが知れている。ルールブックにない問題の解決には身分ある人間に采配を振るって貰う他ないのだ。
 いくら志摩の危機でも、彼らが越権行為で出しゃばれば、自治能力なしと見做され、志摩は他王家や他皇族に蹂躙される。
 タカラは面食らったまま「見識者と専門家を連れて来てください」と学者や有能官僚を一つところに集めた。

 それからが大変だった。まずこのままではエネルギー不足で志摩は枯渇する。志摩所有小惑星に集光炉やらバイオマスプラントやらを建て、エネルギー変換出来そうなものは死体でも使った。そのエネルギーをマイクロ波に変換して志摩へ送る手はずを整える。
 人手不足の農地には、鈍った志摩宙軍を放り込んだ。訓練と称して。今でも収穫期には手伝わせている。
 やる気のない警察を解体して宙軍に吸収、宙軍と銘打ってはいるが殆ど陸空海宙自衛警察だ。そのほうが人員整理するうえで扱いやすかった。
 ここまでの計画で借金の利息が利益率を凌駕。それをタカラはライスブランドカンパニー、製紙、地酒輸出、観光ツアー強化、ついでに海賊から略奪した物品と海賊船の解体で何とか巻き返す。
 宙軍は人づかいの荒い志摩嫡男のもと、海賊退治と農業と警備で無駄に逞しくムキムキと育った。
「人間は飯と共通の敵があって考えるひまがなければ文句も言わずに働く」
 タカラの持論である。この場合の敵とはカサヌイ・シマだ。

 こうしてロハス地獄に陥った志摩も、ようやく落ち着いて利益を出すようになったのだが、追い打ちをかけるようにカサヌイは再び大問題を起こす。
 カサヌイはヤマト星系の子供を攫うウィッカー実験施設をハシリガネ一隻で壊滅させ、そこまでは良いが、収容されていた子供二千余名を志摩へ連れ帰ってきた。
「助けてきたんで、あとよろしくな」
 と、息子に押し付けて。
 これが先述の『法にないこと』の最たる例である。二千人もの素性不明の幼い子供。親元に返すにしても、どう調べれば良いのか。彼らの衣食住の世話は何処で、誰がするのか。
 保護したのは糞当主だが、あくまで志摩。自治権がある以上、皇軍警察に押し付ける訳にはゆかない。それは皇族に介入の糸口を自ら差し出すようなものだ。
 さりとて十歳以下の小さな子供たちを宇宙に放り出す訳にはいかない。暗く孤独な宇宙に子供を放り出すくらいなら処刑してやったほうがなんぼかマシだ。もちろん、統治惑星でそんな非人道な真似は出来ない。
「どうしましょう、若さま」
 半泣きの官僚を宥め、親探しをヤマト王家がそれぞれ所有する軍警察の行方不明者捜索課に依頼し、実親と里親を求め、残った孤児半数を宙軍で引き取っている。

 こうして数々の試練を乗り越えたタカラ・シマは当主以上に当主らしい跡取りへと成長した。人々が「若」と呼んで親しんでくれるのも、このあたりの経緯あってこそ。
 タカラが志摩に尽くすのは、こうして慕ってくれる人々のためであり、世情に抗って古い伝統を守る美しい志摩のためだ。
 決して父親の尻拭いのために日夜海賊の身ぐるみを下着までひっぺがしている訳ではない。断じて、違う。

 本題に戻る。
「で、何用だ。親父どの」
 どうせまた、死ぬほど碌でもない話に違いない。もし、またあの地獄が再来するような問題なら、ここで突き落として自分も死ぬ。後はナナセハナが優秀な婿をとって、いっそクラミツとでも結婚してくれれば良い。
 そんな息子の殺意を知って知らずか。
 カサヌイは酒に濁った目でじろじろと息子を値踏みし、脂っぽい顎に手を当てた。
「母親に似てきたな、タカラ。美しいぞ。クラミツほどじゃあねえが」
「クラミツほど美形でたまるか」
 気色の悪いことを言う。
 タカラはあの声の低い親友がどれほど顔で苦労してきたか、いやというほど知っている。そしてタカラ程度の顔でも、それなりの不快な思いはした。精悍になったと言われるならまだしも、美しいと賞賛されても、嬉しくはない。
 王族などはアダムアイルの皇帝へ嫁を献上するために存在するようなものだから、民族の特徴がよく出た純血の美女を次々娶る。その煽りで男児の容姿もカマくさくなりがちだ。カサヌイのようにむさ苦しいマスラオはあまり見ない。
「ニュース見てねえのか。じきに皇子様方の婿入り先を決めるイベントがあるんだよ」
「そうだっけか?」
「そうだよ。跡継ぎならニュースくらい見ておけ」
「……」
 宇宙では子供たちと海賊と戯れるのに夢中で、すっかり忘れていた。重要な速報があれば、クラミツ以下部下たちが話題にするから、さほど気にかけなかった。部下がアダムアイルの同性婚に興味を持つはずもない。
 しかし、言われてみれば皇子たちの年齢から考えてそんな時期だった。

 皇軍警察で有名なシヴァロマ皇子をはじめとするアダムアイルの皇族は、エイリアンと折衝する為に存在する人類の象徴だ。人類代表の一族であり、優れた遺伝子バンクであるため、その血は厳密に管理されている。
 皇帝は王族から妃を娶るが、皇子皇女は子孫を遺せない。皇族は皇族の他に存在しない。ゆえに、兄弟が即位した後の『居場所』として、同性の王族の元に嫁入り・婿入りするのだ。
 王族にとってこの政略結婚は、彼ら人間ダビスタの結晶たる皇族を迎える自体もさることながら、その皇子の生家とも外戚関係を結べる美味しいイベント。
 適齢期の娘息子がいるなら、逃す手はない。
 同性婚のため子孫は残せぬが、そこは兄弟が継ぐなり兄弟の子が継ぐなり、養子を迎えるなりすればいい。志摩はタカラが継ぐことになっており、しかも妹のナナセハナがいる。条件は満たしていた。

「あの、あの。私がクラライア皇女殿下と結婚しても良いのではありませんか?」
 話を聞いていたナナセハナ、やけに熱っぽく口を挟むが、タカラは手を振って否定した。
「むり。俺の友達がクラライア殿下の恋人だ」
「はぁー? てめー、どこの姫君と友達だって?」
「オリエントのヴィーヴィー王女だよ。前にお忍びで志摩へ観光に来てたんだ。ウィッカー同士、話が弾んでさ。今でも惚気話をメールしてくる。結婚するって言ってたから、皇女は諦めろ」
「わたし、憧れていましたのに」
 本気で残念そうだが、タカラとしてはあのメガゴリラみたいな皇女が義妹になるのは辛い。アダムアイルの皇族は優れた遺伝子を掛けあわせ掛けあわせ残った人間ダビスタの結晶なので、美しいだけでなく体格がいい。加えてクラライア皇女は一癖も二癖もある弟らの頭を押さえて君臨する恐怖の陸軍元帥。あの皇女が嫁に来ては、志摩が征服されかねない。

「……いいよ」
 とタカラは言った。
「婿貰って来い、と言いたいんだろ。いいよ」
「おお! もっと抵抗するかと思ったぜ」
「気構えはなかったけど、そういう慣習があると知識で知ってたからな」
 男と結婚してでも人材がほしい。
 というのがタカラの本音である。残った皇子はどれも超人、迎え入れれば即戦力。クラライア皇女が義妹になるのは辛いが、クラライア皇女と結婚しろと言われれば躊躇なく出来る。イエス政略結婚。
「それに、男とも女とも経験はある。いまさら抵抗なんざねえさ」
「だ、男性とも?」
 純粋培養、親父にも兄にも志摩の人々にも溺愛されるナナセハナが飛び上がった。
「ふけつですわ!」
「不潔かなあ」
「ふけつですわーっ」
 クラライア皇女と結婚したがっていたくせをして、ナナセハナは真っ赤になって走り去った。何をどう想像しているのか、年頃の娘は恐ろしい。お兄ちゃん知ってるんだぞ、男同士がキスしてる薄い本持ってるの。

「………」
 酔った親父がのたくた立ち上がり、息子の頭をはたいた。
「いって」
「男とヤったことがあるって、おめぇ、ガキん時のアレだろ」
「………」
「あれは違うだろ。おめぇは平気かもしれないが、ナナセに余計なこと言うな。あんなのを経験のうちに入れんじゃねえよ」
 たまにこの親父はちゃんと親父をするので腹立たしい。
 タカラは肩を竦め、
「アジャラあにさまなら、ノリで結婚してくれる気がするんだよな」
 アジャラは薩摩の姫君を母に持つ、ヤマトの血を引く皇子だ。気さくな方で、ヤマトの例祭で何度かお会いしている。
「お前、アジャラ様に可愛がられてたからなあ。よし、せいぜい気を引いてお情けで結婚してもらえ」
 制帽を被るために短く揃えた髪をぐしゃぐしゃ撫でられる。

 実を言えば、タカラの本命はシヴァロマ皇子なのだが。
 しかしニヴルヘイムの皇子がヤマト辺境の志摩へ婿に来てくださるとは思えない。ただでさえ、屈指の美女が揃うニヴルの出身だ。目は液だれするほど肥えているに違いない。扁平顔のヤマト人は大和撫子というブランドに頼る他なく、それも王子では意味もない。ヤマト王族はあまり婿をとれない傾向にあった。
(それでも、一目……)
 と思う。
 シヴァロマ皇子にお会いしたい。
 会って、十年前の礼を言いたい。

 十年前、シヴァロマ皇子は、タカラの命を救ってくれた。
 潔癖症で有名なあの皇子が、躊躇なく抱き上げて救助してくれたことを、一時も忘れたことはない。





 タカラは八歳のみぎりに誘拐された。
 自分が志摩の王子とも知らず、ウィッカーが希少人種とも知らなかった。ナナセハナも価値あるが、女性ウィッカーは十ヶ月に一度しか子を成せないため、男児のほうが誘拐対象として手頃らしい。第一、ナナセハナは見知らぬ惑星で父親から離れるような子供でなかった。
 冒険心自立心好奇心そろって旺盛でやんちゃ盛りのタカラ・シマは、父親が商談している最中、よく惑星探検に繰り出していた。
 カサヌイの管理能力のお粗末さもある。ふつうの親はヤマト文化財に指定されている息子を放任しない。

 そんなこんなで海賊に誘拐され、どこともしれぬ惑星に監禁され、穢らわしい目に遭った。ウィッカーはDNA抽出では誕生しない。なぜか、通常の性交で繁殖した例でしか現れないのだ。そのため、海賊の目的はタカラの精子だった。ウィッカー遺伝子を欲しがる金持ちは星の数ほどおり、タカラから絞りとれば絞りとるほど金になるぼろい商売……のはずだった。
 しかしタカラはまだ当時八歳。精通もしておらず、業を煮やした海賊たちは「犯せばそのうち出るはず」と言って、いや、おそらくは単純に憂さ晴らしだったのだろう。幼いタカラを嬲り者にした。
 二日目までは怖かった。
 何をされるのか分からぬし、海賊など乱暴なものだから純粋に痛い。高価な商品なので傷がつけば逐一医療用チャンバーで治療を受けたが、そのたびに処女同然になるのでそれはそれで辛かった。
 三日目になると麻痺してきたのか腹が立ってきた。このタカラ・シマ、ちょっとやそっと強姦されたくらいでヘコタレない。
 今日も今日とて幼い子供を慰み者に乱交パーティーを開く陽気な海賊どもの反り立ったブツに怒り狂い、海賊らの股間を噛みちぎって回った。
 そう、一人に飽きたらず、次々に襲いかかって噛みちぎったのだ。我ながら呆れるほど強顎である。

 そこへ突入してきたのが、シヴァロマ率いる皇軍警察だった。
 当時十五歳、紅顔の美少年であらせられたシヴァロマ皇子は、身の丈ほどもあるデンドロビウムみたいな物凄い携行砲を片手で担ぎ、ガンガン誘拐犯どもを撃ち殺しながら、その銃身で壁を貫き巨大なトランスアニマルを骨ごと貫き、タカラが囚えられていた300mmハルコンの扉を鉄球重機の如き膝でぶち抜いて、特殊鋼鉄で作られた手枷足枷を素手で引きちぎって救出してくれた。
 確かあの手枷はアダムアイルの皇族でも破れない……という触れ込みの違法製品だと海賊が自慢していたが、アダムアイルにそんなものは通用しないという実例をシヴァロマが証明した。

 こんな怪物みたいな人間が、宇宙に存在するんだ!

 タカラは感動した。もう無体を働かれたことも肉団子になった海賊のことも頭から吹っ飛んでいた。
 シヴァロマ皇子は血と白濁物に塗れたタカラに目を留めると、自身の将校コートを脱いで包み、何の躊躇もなく抱き上げて監禁先を後にした。
 冷血皇子などと呼ばれているが、シヴァロマの腕の中は温かった。
 そんなこんなで今度の婿争奪戦ではシヴァロマ目当てのタカラだが、まあ、相手にしては貰えなかろう。何しろ、各国からそれ用に調教もとい育成された王子が集う。がさつなタカラの敵うところではない。シヴァロマとは言葉さえ交わしたことがないのだ。彼にとってはタカラとの出会いなど、仕事の一環程度だろう。

「しかし、何で俺まで行かにゃならんのだ」
 不満そうな友人の肩を、生暖かく微笑むタカラ・シマが叩く。
「その皇子さまに見初められる為に神から授かったとしか思えない、無駄に洗練された美貌を今使わずにいつ使う、クラミツ・シマ」
「俺は家や志摩のために男と結婚する気はない!」
「俺だってべつに男と結婚したい訳じゃない。ただ、志摩のためには自分の人生も友の人生も犠牲にできる」
「お前なんか友達じゃねえ!」
 などと供述しているが、いざ見初められれば黙って婿を迎え入れるだろう、この男のことだ。クラミツの両親も手放しで歓迎するはずである。
 それに「いかようにもお使いに」とあの両親が言ったのだ。

 志摩ロハス事件で志摩宙軍を任された折、タカラは志摩の華族に助力を願ったのだが、彼らはこの期に当主一家を無力化して完全な傀儡にし、ゆくゆくは当主の座を奪おうと目論んでいた。
 とはいえ、流石に頼ってきた当主の息子を手ぶらで返す訳にはゆかず、ちょうど同じ年頃なので遊び相手にでもしてください、と差し出されたのが次男のクラミツだった。
 華族育ちで世間知らずのくせに欲だけは深い実家にうんざりしていたクラミツは、同年代の少年ながら孤軍奮闘するタカラに同情を寄せ、また実家を見返すために力を尽くしてきた。タカラにとっては最も信頼できる側近であり、何でも話せる親友であり、かけがえのない存在だ。
 しかし、そんな友人も志摩のためなら叩き売る。

「それに、お前受けの薄い本がけっこう出回ってるし、いけるいける」
「俺ウケ? ってのはなんだ?」
「実在する男同士の恋愛を妄想のままにコミカライズした民間出版誌だ。専用マーケットもある。志摩で人気があるのはタカラ×クラミツ、海賊や触手エイリアン×俺やお前の輪姦ものってトコだな」
「そんな不道徳なモン許容してやがるのか!」
「彼女たちは電子データではなく、実本を好む。製紙会社『たから千代』の和紙をよく使ってくれるんだよな」
 妹はまだ十五歳のため、なまぐさいエロ本は購入していないが、妹が好むというのでタカラは密かにこの未知の文化を調べた。ナナセハナはクラミツ×タカラがお好みのようだが、王道は逆CP、カサヌイ×タカラはマイナーといったところだ。
 ちなみにこの文化を知ってから、タカラはこっそりデオルカン×シヴァロマのニヴル皇子双子本を購入してみたのだが、シヴァロマ皇子が脆弱な肉体のなよなよ男として描かれており、すぐに捨てた。あんなのはシヴァロマ皇子ではない。シヴァロマはもっとこう……宇宙に住む巨大鮫のような御方だ。

「これからの時代、モノカルチャーじゃ生きていけない。需要拡大上等。彼女たちにはバンバン薄い本を制作してもらって、たから千代の名を宇宙に轟かせてほしい」
「だからって……俺とお前がアレとか……俺がお前に抱かれてるとか…………」
「ふふふ」
 苦悩する親友が微笑ましく、タカラは笑った。
 確かにCPとしてはタカラ×クラミツが多いのだが、全体的な人気はやはりヤマト文化財志摩王子のタカラが圧倒的に強く、タカラはクラミツや親父だけでなく様々な男に彼女らの頭の中で犯されまくっている。
 おそらくは幼少期に海賊に性的暴行を受けたことが、エロティックな妄想をかきたてるのだろう。実際は海賊の股間を噛みちぎって回った猟奇な結末であろうとも。
 クラミツは宇宙規模で言えば知名度が低く、志摩腐乙女には好まれるが、外星系でもタカラはよく題材に使われた。腐界のビッチといえばこのタカラ・シマだ。クラミツの苦悩などちっぽけなものである。

 クラミツは恨みがましく主君を睨む。
「しかも、宙軍のチビたちまで見た目のいい奴ばかり選んで連れてきやがって」
「皇子さまのうちにショタコンがいるかもしれない。見初められたらその子を養子にして皇子を志摩に迎える」
「最っ低だなテメーは」
「これが政治というものだ、クラミツくん」
 汚れっちまったが、特に悲しみはない。

 宙軍指揮官の会話を聞いていた宙軍のチビこと、忍部隊のコノイトがじっと二人を見つめていた。
 まだ帽子に被られているような小さな頭を撫で、タカラは破顔した。
「皇子さまに気に入られたら、もう兵隊なんかしなくていいんだぞ」
「皇子さまに気に入られたら、若の子供になれるので?」
 帽子と詰め襟からくりくりした目が覗く。
「んん……たぶん、養子にするなら親父の子供、俺の兄弟ってことになるのかな」
「若の子供がいいです」
「若さまの子になれんの?」
 乗客もいない暇な航海の最中、小さいのがわらわら集ってきた。

「若様の子になりたい」「いいなー」「誰がなるって?」「わかんない」

 我も我もタカラの子になりたいと主張する子らが可愛らしく、顔の緩みが戻らない。
 少年兵は五年前に保護され、やっと10歳から12歳になったばかり。残ったのはもともと身寄りのない子らで、タカラを親のように慕ってくれている。
 因みに助けてはくれたが、その後なにもしてくれない当主については、
「べつに皆うちの子にしてもいいが、俺の子になりたいなら、俺かナナセハナに第一子が産まれた後だぞ。跡目問題でややこしくなるからな。その頃にはお前たちも大人になってるだろう。親父どのの子なら、今すぐにでもなれる」
「やだー」
「当主さま酒くさい」
「加齢臭する」
 このように人気がない。

「がんばって皇子さまを落とすので」
 ふす、と鼻息荒く手を挙げるコノイトに、宙軍正規兵が笑う。
「本当に頑張るべきは若でしょう」
「頑張って皇子を悩殺してください」
「我ら志摩一同、若には期待しております」
「おお! 期待していろ。秘策がある。ナナセハナの美容機材で全身つるっつるだしな!!」
「全身脱毛機って、よくそんな高価なモン持ってんな、姫は」
 呆れたようにクラミツ。何ということはない、今年の誕生日にタカラが奮発して贈ったのだ、そろそろ年頃ゆえ、身ぎれいにしたいだろうと。まさか早速自分が使う羽目になるとは思わなかったが。
「気合入れすぎて股までハゲ山にしちまったんだがな」
「それは逆効果では……」

 ワキ毛はまだしも、すっかり成人したタカラ・シマがパイパンというのは、どうなのだろうか。それも、使用したのは最先端の美容機材だそうで、短くて年単位、最高で永遠に生えてこない。
 現代の技術ではある程度、老いもコントロールできるため、外見年齢は生涯変わらぬまま過ごせるとはいえ、爺さんになってもツルツルパイパン当主。
 これで皇子に見初められねば、彼は嫁をとるのだが……

 宙軍一同、敬愛する若の行く末に一抹の不安を覚えた。

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創作:竜屋

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